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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)27号 判決 1977年5月17日

大阪市港区弁天一丁目六番三〇号

原告

引田正男

右訴訟代理人弁護士

小林保夫

豊川義明

高藤敏秋

大阪市港区磯路三丁目二〇番一一号

被告

港税務署長

吉田芳雄

右指定代理人

岡崎真喜次

清家順一

曽我康雄

久保田正男

仲村義哉

高橋孝志

主文

1. 被告が原告に対し昭和四六年九月二九日付で原告の昭和四五年分所得税についてした決定及び無申告加算税賦課決定(いずれも昭和四七年一月二〇日異議申立てに対する決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

主文と同旨

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1. 被告は、原告に対し昭和四六年九月二九日付で原告の昭和四五年分所得税について給与所得金額二〇八、四一四円、譲渡所得金額一、〇〇〇、〇〇〇円とする決定及び無申告加算税賦課決定をしたが、原告の異議申立ての結果、昭和四七年一月二〇日給与所得金額二〇八、四一四円、譲渡所得金額七〇〇、〇〇〇円とする一部取消し及びこれに伴う無申告加算税の一部取消しの決定(以下一部取消し後の決定及び無申告加算税賦課決定をあわせて本件処分という)をした。

そこで、原告は、昭和四七年二月二一日国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は、昭和四八年二月二七日付で右請求を棄却する旨の裁決をした。

2. しかし、原告の昭和四五年分の所得は、右給与所得だけであつて譲渡所得はなかつたから、原告は、同年分の所得税について確定申告をする必要がなかつた。したがつて、本件処分は、違法である。

3. よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。

二、 請求原因に対する被告の答弁及び主張

(答弁)

請求原因1の事実は認め、同2のうち原告に1の譲渡所得がなければ昭和四五年分所得税の確定申告を要しないことは認め、その余は争う。

(主張)

1. 原告は昭和四五年に別紙目録記載の従前地(以下本件従前地という)を山川春実に代金七〇〇、〇〇〇円で売渡した。これによつて、原告には同額の譲渡所得が生じた。

2. 右売渡しの時期が昭和四四年でなく昭和四五年であることは次の事実により明らかである。

(一) 原告は、大阪市港区弁天一丁目二番四三号所在旧大阪市営仮設住宅の居住者であつたが、大阪市から港湾地帯区画整理事業のため立退を要求された。その際大阪市は、原告に対し、原告が同区画整理事業の施行区域内に一六・五二平方メートルの土地を取得すれば、その土地に対して四九・五七平方メートルの土地を換地処分(換地割合三〇〇パーセント)により交付する旨の立退条件を提案した。

そこで、原告は、右換地処分を受けるため、昭和四五年一月二〇日杉田卓三から別紙目録記載の従前地(以下本件従前地という。)を譲り受け、同月二四日所有権移転登記を経由した。なお、原告は同月二三日大阪市に対して同年三月一五日迄に前記仮設住宅より立退く旨の誓約書を提出し、同月一日右住宅から立退いた。

(二) 本件従前地については、同目録記載の仮換地(一)(以下仮換地(一)という。)が指定されていたが、原告は本件従前地を取得したことに伴い同年二月二三日大阪市長に対して本件従前地の仮換地変更願を提出し、同市長から同年四月九日別紙目録記載の仮換地(二)(以下仮換地(二)という。)に変更する旨の明示指令を受け、同年七月一七日仮換地(二)に指定を受けた。

(三) 山川が原告から譲り受けた本件従前地は、山川から中尾杢太郎に、中尾から株式会社小川に順次譲渡されたが、所有権移転登記は、同年七月一八日原告から直接株式会社小川にされた。

3. 譲渡所得の発生時期は、収入金額についての権利確定の時期である当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転する時であるから、原告は、昭和四五年に給与所得二〇八、四一四円のほかに譲渡所得七〇〇、〇〇〇円があつたことになる。ところが、原告が右所得について確定申告をしなかつたので、被告が本件処分をしたのであり、本件処分には、なんら違法はない。

三、被告の主張に対する原告の答弁及び反論

(答弁)

1. 被告の主張1の事実のうち売渡しの時期は否認し、その余は認める。

2. 同2(一)のうち、譲受けの時期は不知、その余の事実は誓約書の提出、立退の点を除き認める。

3. 同3のうち、原告の昭和四五年分の給与所得金額は認め、その余は争う。

(反論)

本件従前地譲渡の経緯は、次のとおりであるから、本件従前地についての譲渡所得が発生した時期は、昭和四四年であつて昭和四五年ではない。

1. 大阪市が原告に対して提案した被告の主張2(一)の立退条件は、当初示した立退料がきわめて低額であり、原告がこれを拒否したため、立退料を増額させる便法として考案されたものである。すなわち、原告は取得後換地率三〇〇パーセントの仮換地指定を受ける従前地を他に譲渡することによつて得る譲渡代金名義の金員を立退料に充てるのである。

2. そこで、原告は、大阪市の提案に応ずることとし、従前地の取得及び譲渡の手続は、すべて大阪市及び大阪市が紹介した不動産業者大阪建設こと山川春実に委ねた。そして、原告は、大阪市及び山川の指示に従つて、昭和四四年一〇月一五日山川との間で本件従前地について売主を原告、買主を山川、代金を七〇〇、〇〇〇円とする売買契約を結び、山川から同日一〇〇、〇〇〇円、同年一二月一五日残金六〇〇、〇〇〇円をそれぞれ受領し、右合計七〇〇、〇〇〇円を立退料に充当した。

3. 本件従前地の譲渡が以上のとおり原告の立退料増額の便法であつたため、原告は、山川との売買に際して本件従前地及びその仮換地の所在も形状も現実には知らなかつたし、他方、大阪市及び山川も、原告に対してその確認を求めていないばかりでなく、本件従前地について原告の杉田からの買受け、原告から山川、山川から第三者への各売渡しに関する手続は、原告の意思とは無関係に、大阪市及び山川の必要のみによつて決せられた。したがつて、本件従前地の譲渡時期は、被告主張の事情だけからは認定できない。

4. 前記のとおり、本件従前地の実際の権利移転及び代金授受がいずれも昭和四四年にされている以上、譲渡所得が発生したのは、昭和四四年であつて昭和四五年でないことは明白である。

第三証拠関係

一、原告

1. 甲第一ないし第六号証

2. 証人大西久男、同宮川正三郎、同宇野律子の各証言、原告本人尋問の結果。

3. 乙号各証の成立は認める。

二、被告

1. 乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三、第四号証。

2. 証人浅田佐七の証言。

3. 甲号各証の成立は認める。

理由

一、請求原因1の事実及び原告が本件従前地を山川春実に代金七〇〇、〇〇〇円で売渡し、これによつて原告に同額の譲渡所得が生じたことは、当事者間に争いがない。そこで、右譲渡所得が昭和四五年に生じたものかどうかについて検討する。

二、成立に争いがない甲第二ないし第五号証、乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三、第四号証、証人大西久男、同宮川正三郎、同宇野律子、同浅田佐七の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。

1. 原告は、旧大阪市営仮設住宅に居住していた(この事実は当事者間に争いがない)が、大阪市は、右住宅の居住者に対し区画整理事業のため右住宅からの退去を求め、立退料の提供を申し出るとともに、被告の主張2(一)のとおりの立退条件を提案した。右条件は、本来住宅居住者の転居先を確保するためであり、居住者の中には右条件に適合した土地を取得したうえ、その土地につき大阪市長が三〇〇パーセントの換地率で指定した仮換地に転居した者もいたが、そのような土地を取得する資力がない者もおり、原告もその一人であつた。

2. 居住者と大阪市との立退交渉の経過を知つた不動産業者山川春実の従業員宮川正三郎は、昭和四四年六、七月ころ原告に対して、原告が右のように三〇〇パーセントの換地率で仮換地を取得できる利益を山川に譲るならば、山川は原告に七〇〇、〇〇〇円を支払うからこれを立退費用に充てて右住宅から退去することにしてはどうかと勤めた。原告は、事実上立退料が増えることになるならばどのような方法でもよいと考えて宮川の右提案に応ずることにして、山川にその手続を一任した。そして、原告は、山川の代理人宮川との間に昭和四四年一〇月一五日ころ、原告は山川に対し七〇〇、〇〇〇円で前記利益を譲渡することとし、その具体的方法として、山川は原告のために港湾地帯区画整理事業施行区域内に適宜に選んだ宅地一六・五二平方メートルを取得し、原告名で前記の仮換地の指定を受け、原告は右のような仮換地を受けうるその土地を山川に譲渡し、山川は原告名義で右の一六・五二平方メートルの土地の原告への所有権移転登記手続、大阪市との間での仮換地指定のための手続、原告より山川又はその指定する者への所有権移転登記手続の一切を行うことを約し、原告は白紙委任状、印鑑証明書など右手続のために必要な一切の書類を交付して山川がその希望する土地につき三〇〇パーセントの増仮換地を受けてそれを自由に処分できるようにし、原告は山川より、即日内金一〇〇、〇〇〇円、同年一二月一五日ころ残金六〇〇、〇〇〇円を受領した。もつとも、原告は、右契約に際し、事前に右一六・五二平方メートルの土地を取得したわけではなく、その所在、形状も確認していないし、また契約書も作成しなかつた。これは、原告にとつて、代金名義の金員を受領すること以外何の関心も利害もなかつたからである。原告が右契約についてしたことは、代金の領収証を発行したことと、その代金全額を受領するに当り、宮川の指示に従つて、白紙委任状、印鑑証明書など前記手続に必要な書類を同人に交付したことだけである。

3. そして、原告は、昭和四五年一月二三日大阪市に対し立退誓約書を提出し、同年三月二日大阪市から立退補償金二〇〇、〇〇〇円を受領して前記住宅から退去した。

4. 本件譲渡の対象となつた土地は、昭和四四年一二月二五日大阪市港区吾妻町二丁目二番一九宅地から同所二番四七宅地一六・五二平方メートル(本件従前地)として分筆の登記がされ、昭和四五年一月二四日杉田卓三から原告に、同年七月一八日原告から株式会社小川にそれぞれ所有権移転登記がされており、また右二番一九の宅地について昭和三二年八月二三日仮換地(一)の二二〇・〇三平方メートルが指定されていたが、昭和四五年二月二三日原告名義の仮換地変更願が大阪市長に提出され、同年七月一七日本件従前地につき同市長から仮換地(二)の変更指定通知書が原告宛に発送された。ところで、右登記手続、仮換地変更手続及び本件従前地取得手続は、原告から交付された委任状などの書類を利用して山川が転売など自己の都合に合わせて適宜したものであつて、原告の全く関知しないところであつた。

三、以上認定の事実によると、本件従前地が原告から山川への所有権移転の時期は必ずしも明確でないが、たとえその時期が被告主張のとおり昭和四五年であるとしても、原告と山川との売買は、経済的には、原告が一六・五二平方メートルの面積の土地に対して三〇〇パーセントの割合の増仮換地を受けるべき利益を山川に譲渡し、その対価として七〇〇、〇〇〇円を得るというものであつて、昭和四四年に、山川は譲渡契約を結び、右金額を原告に支払い、原告名義で右増仮換地を受けるべき利益を取得したのであり、また、右売買は、法的には、原告が将来取得する港湾地帯区画整理事業施行区域内の宅地一六・五二平方メートルを目的とし、その宅地の特定、原告の所有権取得、山川への所有権移転等は売主である原告が関与せず、すべて買主である山川が決し処理するというものであつて、同年中に、山川は代金の支払を終えて原告から白紙委任状など右事務処理に必要な書類を受取り、いつでも右宅地(本件従前地がこれに当る。)を自己の所有にすることができることになつたのであるから、他に特段の事情がない限り、原告が山川から売買代金七〇〇、〇〇〇円を収受する権利は同年中に確定したとみるのが相当である。したがつて、譲渡所得が昭和四五年に発生したとする被告の主張は、採用できない。

そして、原告には、昭和四五年に給与所得があつたが、これについては所得税の確定申告をする必要がなかつたことは当事者間に争いがない。

そうすると、被告が原告の譲渡所得が同年中に生じたとしてした本件処分は、違法といわなければならない。

四、よつて、本件処分の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 井関正裕 裁判官 春日通良)

目録

(従前地)

大阪市港区吾妻町二丁目二番四七

宅地   一六・五二平方メートル

(仮換地)

(一) 大阪市港区三先町入舟町附近五二ブロツク符号一

二二〇・〇三平方メートルのうち九・〇八平方メートル

(二) 大阪市港区北市岡附近二四四ブロツク符号一四

四九・五七平方メートル

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